『 楽しき日々 ― (3) ― 』
よいしょ ・・・っと ・・・
フランソワーズは 買い物袋を持ち替えた。
「 う〜〜ん ・・・ さすがにわたしでも重いわあ 〜 」
両手にぶら下がっているレジ袋は どちらもでこぼこでぱんぱんだ。
そして 彼女が背中に回している大き目のバッグからも セロリだの長ネギだのが
つんつん顔を出している。
「 ふう ・・・ 海岸通りの商店街は ホントにいいものが安いのよね〜〜
セロリ一本 トマト一個とかでも買えるんですもの〜〜〜 」
バス停まで なんとかよれよれ歩いてきた。
「 うふふ〜〜 今日はね〜〜 お魚のいいのがあったのね〜〜
カレイなんだけど ・・・ 今朝水揚げ ですって☆
ウチではね〜〜〜 煮付けでしょう、ムニエルでしょう、 それとね
わたしは バター焼き が気に入ってるのよ〜〜
うふふ〜〜〜 一番のワカモノが 煮付け がいいよっていうのよ 」
クスクス笑っているうちに やっとバスが来た。
「 あ のりま〜〜す ! 」
うんしょ・・・ 両手と背中に大荷物、で 彼女はローカルな循環バスに乗った。
ヴァ 〜〜〜〜〜 埃を巻き上げたバスは遠ざかってゆく。
「 さあて・・・っと。 美味しそう〜なお野菜も買えたし(^^♪
今晩は煮ものにするわ! えっと〜〜 なんていうだっけ??
チキンと一緒ににんじん とか 穴ぽこれんこん とか おいもさん とか・・・
バードック と こんにゃく ! お出汁とお醤油で炊くのよね〜〜
なんていうんだっけ ・・・? なんとか煮。 あれ 作るわ〜〜
うふふ ジョーってば若いのに大好きなのよね 頑張るわぁ〜 」
よいしょ・・・ うんしょ ・・・ 彼女は楽し気に大荷物を運んでいった。
「 ふふ〜〜ん ・・・ バス停から近いってのもウレシイわよねえ〜
あの坂道は ・・・ ちょっとね〜〜〜 」
バス停を降りて 道なりに少々歩きアパートの前についた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ さあ 頑張るわあ〜〜 ただいまぁ〜〜っと 」
カード・キーで 一階の玄関を開けた。
ピ――ン ・・・ 三階で降りて 303号室のドアをあける。
「 ただいま〜〜〜っと。 う〜〜ん重いなあ〜〜 」
どさ。 買い物袋を置いた。
ぱっぱと食材を取りだし始めた。
「 さって ・・・ と。 まずはカレイを調理して〜〜 ジョーは煮付けで
え〜と 博士はムニエルがいいのかしら それとも バター焼き?
やっぱリクエストを窺ったほうがいいわね〜〜〜 は〜かせ〜〜〜〜 」
買い物の間から 彼女は顔を上げた。
― 目の前には ・・・ 誰もいない狭い部屋。
あ。 わたし ひとり暮らし なんだ わ ・・・
ぽしょん。 荷物を片づける手が止まった。
「 やだ ・・・ いつもと同じペースで買い物しちゃったんだ わたし ・・・ 」
彼女の周りには カレイの包み に 鶏肉の包 そして人参、牛蒡、ニンニク インゲン 長ネギ
さらに こんにゃくやら豆腐、そして納豆まで。
どれもこれも < 三人分 > たっぷり、なのだ。
ふう〜〜〜〜〜 ・・・ どうしよ ・・・
ぺたん、と床に座り 自分をとりまく食材をしばらくぼ〜っと見回していたのだが。
クスクスクス・・・ 彼女は自然に笑いだしてしまった。
「 ・・・ やあねえ わたし・・・ってば ・・・ 無意識に三人分 買っちゃったんだ?
それに ナットウとかねぎとか ジョーの好きなモノばっか ・・・
しっかりしなさい〜〜 フランソワーズ〜〜 あんたは 一人暮らし なのよぉ? 」
ぼ〜〜〜っと見ていても仕方ない。
できれば全部を冷蔵庫に突っ込んでおきたいが ― 一人暮らし用のミニ・ボックスには
とてもじゃないけど入りきらない。
「 う〜〜〜 ・・・ よし! 野菜の煮物は つくっちゃう!
それでもって < ウチ > に届けるわ! 作戦〜〜 開始!
」
フランソワーズは 小さなキッチンで野菜と格闘し始めた。
カシカシカシ・・・ 人参を面取りして コシコシコシ ・・・ 牛蒡を厚めの削ぎ切り 薄切りニンニク、
斜め切りのネギ、 輪切りのレンコン ・・・
「 あは このニンジンって ジェットの髪の色だわね〜〜〜 ホント、ニンジンの
千切りとかそっくりだわあ 」
幸い今日は面取りしてから後の乱切りだ。
「 ん〜〜〜 っと ・・・ 次は これかな〜 この穴ポコチーズみたいなの・・・
そう れんこん! 」
皮を剥いて 輪切りにすれば 穴ポコが模様にもみえてきた。
「 うふふ? れんこん って 不思議な感触ねえ ・・・ これ 泥水の中にいる
根っこなんですってね〜 水 かあ ピュンマ かしら ふふふふ 」
牛蒡は この頑強さはやっぱりジェロニモ Jr. を連想させる。
「 バードックの調理方法はパリでも聞いたことがあるわ。
ああ でも こっちのバードック ふうん・・・ こんな風なんだ? これじゃ木の根っこみたいねえ ・・・
パリで食べたのはポタージュとスウィーツだったけど〜〜
あ でもね、大人にならったの。 ごしごし洗って そんでもってこうやって
こうやって ・・・ あら なんだか木を削っているみたい。
しなやかで強くて ― これはどうしてもジェロニモ Jr ね〜 」
しっかりこそげ切りを完了した。
「 ふんふん〜〜〜 ニンニクの薄切り と ネギもナナメに切りまして・・・っと
あ・・・っと こんにゃく! これってホントに不思議さんねえ・・・
う〜〜〜 ・・・ ピーラー もってくればよかった ・・・ !
それに包丁も! あのでっかい出刃包丁〜〜 今度、もってきちゃうもんね 」
狭いシンクから食材はハミ出し、床の上に切り分けた野菜が入るお皿やらカップが並ぶ。
最後に チキン、 これは小さな包丁で少々苦戦したが なんとか切り分けた。
「 あ〜〜ん ボウル類は一コしかもってこなかったからあ〜〜〜
でも 切れたわっ! あとは〜〜 まずチキンとニンニクを炒めてて ・・・ 」
ガス台の上のフライパンは ― どうみても一人用。
あ。 もう〜〜〜 ちびっこい、オムレツ専用のフライパンは溢れてしまう。
「 やだ〜〜〜 この後にぐつぐつ煮るのが問題なのに ・・・野菜と一緒に煮るお鍋!
鍋が〜〜〜〜 ああ これじゃ・・・ 」
顔を洗うにも?小さい鍋では 三人分プラスの筑前煮はできないのだ。
「 う〜〜〜〜 ・・・ よし きめたっ ! 」
ドサドサドサ ・・・ 彼女は切り分けた野菜やらチキンをビニール袋に突っ込んだ。
「 決めました! はい わたしじっかにかえらせていただきます 。
うふふ〜〜 こ〜いう時に使うのよね?
これもっていって ・・・ ウチで仕上げるわ ! 」
ビニール袋を二重にし、さらに紙袋に入れまして ―
「 あ・・・っと〜〜 メイン・ディッシュを忘れるところでした〜〜〜 」
冷蔵庫を開けて 新聞紙に包みビニール袋にいれた < ご馳走 > 取りだした。
「 そうよ そうよ これがメインですもん。
今晩のご馳走の 鰈 忘れちゃだめよ〜〜 うふふ〜〜 わたしは
バター焼き がいいなあ〜 < ウチ > のガスは火力が強いもの、
カリっと美味しく焼き上がるわあ〜〜 ふんふん♪ 」
両手に大袋 ・・・ 帰宅した時とたいして変わらない大荷物になってしまった。
「 う〜〜〜 重いかなああああ ・・・ でもいいわ、美味しい晩御飯が
待っているんですもの。 」
ざっと部屋を見回し、戸締りを点検して部屋を出た。
「 ちょっと じっかにかえらせていただきます です。
それではあ〜〜〜 イッテキマス! 」
ずっしり重い袋をもって フランソワーズはバス停に急いだ。
― 思えば 完全に一人っきりで生活をしたことは ほとんどなかった。
両親が亡くなってからは兄と暮らしていたが ― その兄は空軍勤務で
家を空けることが多かった。
でも。 わたし ちゃんと留守番、できるわ。 さ 淋しくなんか ないわ!
兄を待つ、という気持ちが彼女を支えた。 一人でいても独り暮らしではなかった。
パリのアパルトマンには 亡くなった両親の思い出が そこここに残っていた。
兄は留守でも 気持ちは兄と一緒、いつも兄に語りかけつつ過ごした。
そうよねえ ・・・ お兄ちゃんはいつでも一緒だわ。
ええ 今だって ・・・ !
お兄ちゃん ・・・ わたし 生きてるわ 幸せなのよ
ちょびっと涙が滲んできた。
それに ・・・ 皆 がいる わ・・・
ええ わたしには ちゃんと仲間・・・いいえ 家族が いるもの。
皆が 支えてくれたわ ・・・ 皆が いてくれたから ・・・
― あの狂気の日々も < 皆 > がいたから 生きられた。
まったく見知らぬ人々、 人種も年齢も境遇もまったくことなる人々 だったが
呪われた絆 が 彼らをしっかりと結びつけてくれたのだ。
「 最初は 知らないヒト達だし オトコのヒトばっかりで ・・・・
わたし 震えていたけど。 でも ・・・ あんな状況でも 皆 ・・
誰も彼も 優しかった ・・・ 生きてゆくのに精一杯の日々でも
皆 ・・・ 優しかったのよ 」
日々生き抜くのに精一杯の地獄の日々で ― 彼らはお互いの存在が支えと
なっていたのだ。
そこが、この彼らの絆こそが BGの一大誤算 だったのだろう。
「 バス ・・・ 来ないなあ ・・・ 歩いてもいいけど・・・
ウチの前の坂がね〜〜〜 この荷物もってあの坂 登るのいやだなあ
あ 迎えにきてもらおうかな〜〜〜 ジョーってばウチにいる はず〜〜 」
ちょいと甘え気分が出て 彼女は携帯を取りだした。
「 え〜と ・・・ 009。 ・・・ ん?? やだ〜〜〜 電源、切ってるぅ〜」
ぷくっと膨れっ面で 彼女はバス停をちょいと蹴飛ばしてみた。
「 もう〜〜〜 ・・・・ あ 出かけてるのかしら しょうがないわ ・・・
バス、早くこないかなあ 〜〜 」
ぽこん ・・ 足元の小石を蹴飛ばしてみた。
「 あ〜あ・・・ やっぱココは田舎ねえ ・・・
メトロが通っている街に住みたいわあ〜〜〜 トウキョウはパリに似てるわ。
でも ― やっぱりココが好き かなあ 」
戦場を駆け抜け戦火の中をかいくぐる日々もあった。
オンナノコには 想像を絶する日々だったけれど ― なんとか耐えてきた。
耐えてこれた。 ・・・ そう、 皆 がいたから。
それで ― ジョーに 逢った わ!
「 そう よね。 だからわたし、今 ここで笑っていられるの。 」
う〜〜ん ・・・! 両手は荷物でふさがっているけれど
フランソワーズは 空を仰いで深呼吸をした。
そう よ ! わたし、 一人じゃないの。
そう・・・ フランソワーズは まったくの一人 で生きてきたことはなかったのだ。
カチャ カチャ カチャ〜〜 コトコト グツグツ グツグツ ・・・
キッチンの中には いい匂いの湯気でいっぱいになってきた。
「 うわ〜〜 うわ〜〜〜 もうぼく、お腹がぐ〜〜ぐ〜〜 だよぉ〜〜 」
ジョーはうろうろ・・・歩き回っているばかりだ。
「 ジョー まだまだ煮込む時間がかかるから キッチンにいなくても平気よ 」
「 いや! こんないい匂いなんだもの〜〜 ねえ ねえ なにか手伝うこと ない? 」
「 う〜〜ん? 野菜とチキンはお鍋の中 だし・・・
カレイはね〜〜 ジョーには煮付け。 で これもお鍋の中。
博士と わたしはバター焼き。 こちらはもうちょっと後でフライパンゆきよ 」
「 うわ〜〜 早く食べたいいいいい 〜〜〜 」
「 うふふ〜〜 もうちょっと待ってね? あ そうだわ、サラダ作りたいの。
ねえ 裏庭の温室で プチ・トマトとレタスと・・・そうね、ラデイッシュも
あったら採ってきてくれる? 」
「 了解〜〜〜 ちゃんとね〜手入れしているから 温室の野菜、豊作だよ 」
「 そう? ありがとう ジョー 今度は苺とかも植えてみましょうか 」
「 わお〜〜 大賛成♪ 」
ジョーは大きなボウルをもってにこにこ・・・裏庭に飛び出していった。
グツグツグツ ・・・ お鍋の音が賑やかになってきた。
煮物のいい匂いは家中に充満し始めた。
ジョーはもう 動物園の熊さん状態だ。
「 う〜〜〜 もうすぐ? ねえ もうすぐ だよね? 」
「 そうね ジョーが採ってきてくれた野菜でサラダもできたし。
そろそろカレイのバター焼き、始めようかしら 」
「 おおおお♪ ・・・ えへ ・・・ 一緒に料理するの、久し振りだね 」
「 そうかしらね? 」
「 ウン ・・・ いつも任せちゃってゴメンね 」
「 あら 謝らないでいいの。 今は三人だもの、全然楽よ 」
「 あ そうだね〜〜 全員が一緒の時は ― 合宿状態だったよね 」
「 そうね 10人分じゃね。 前のキッチンではね お鍋もフライパンも
普通のサイズより大きいのを使っていたの 」
「 へえ ・・・ 10人超えの時もあったしね 」
「 え? ・・・ ああ そう ね ・・・ 」
― 二人の会話が途切れた。
「 ホントに信じられないくらいね なあんにもできなかったのよ ・・・ 」
「 え。 なにが 」
「 え? あ ・・・ ううん なんでもないわ。 」
「 そう? 」
「 ええ。 もっとたくさん人がいた時もあったな〜〜って 」
「 ・・・ あ うん そうだった ね ・・・ 」
「 一緒にキッチンにも立ったのよ。 ― 彼女と。 晩ご飯の用意一緒にしたの 」
「 そう なんだ? ぼくは 」
「 そうだったわね ・・・ ジョーはあの日 帰りが遅かったわね 」
「 ウン ・・・ 」
グツグツグツ ・・・・ 野菜の煮えるいい香だ。
「 ・・・ いいお味になったわ 」
味見をして 彼女はほんのり微笑む。
「 あ そう? ぼくも 」
「 あら それは晩御飯でのお楽しみ よ。 」
「 ちぇ〜〜〜 」
「 あの人ね ・・・ 」
「 え? 」
「 ― ヘレンって。 信じられないほど なにもできなかったわ。 」
「 なに も? 」
「 そう 家事、というより料理。 手伝って頼んだけど ・・・
お皿を洗うこともできなかったの。 」
「 ・・・・・ 」
「 イギリスのお家では なさらなかったの? って聞いたら ・・
メイドがやってくれましたの
…
ってしれっと言ったわ。 」
「 え でも
」
「 そうよ ― でもね、あれは 催眠術による 刷り込みの記憶だったのでしょうね。
本当はきっと < 料理 > なんてこと、知らなかったのじゃない? 」
「 あ ああ ・・・ 地底では ・・・ 」
「 そう ・・・ 酷い暮らしをしていたみたいですもの ね 」
「 ウン ・・・ 」
・・・ 二人の心に彼女の面影が 浮かぶ。
笑顔がどうしても思い出せないのが ― 本当に切ない。
「 さ さあ そろそろカレイを焼くわ。 博士に声をかけてくれる? 」
「 − ウン ・・・ 」
< ウチ > でのんびりゆったり調理した 筑前煮 と カレイの晩御飯 は
最高に、本当に滅茶苦茶に 最高に 美味しかった。
「 あ〜〜〜 美味しかったあ〜〜〜〜 ご馳走さまあ〜〜 」
ジョーはもう最高にシアワセ・・の笑顔だ。
「 うむ ・・・ 野菜もカレイもほんによい味じゃった・・・!
フランソワーズ、料理の腕を上げたなあ 」
博士も満足気の吐息とともに箸を置いた。
「 うふふ・・・ やっぱりウチのキッチンはいいですね〜〜〜
お料理してて楽しかったわあ〜〜 」
「 あれ 一人暮らしの方が楽しいんじゃないのかい 」
「 う〜〜ん なんとも言えないわ 」
「 あ それじゃ さ〜〜 そろそろ・・・ 」
「 ふう ・・・ あ お茶淹れるわね〜 」
するり、とかわされてしまった。
「 ふふふ ・・・ やはりな〜 女の子がいると華やかでいいのう 」
博士はにこにこ・・・二人のやりとりを眺めている。
「 えへ ぼくもそう思います〜〜 」
ジョーが ちょっと赤くなりつつ相槌をうつ。
「 あら ウルサイ のじゃありません? 」
「 いやいや 賑やかでよいよ ・・・ 週末には帰っておいで 」
「 そうだよ〜〜〜 」
「 はあい♪ それで皆でオイシイもの、食べましょう 」
「 賛成〜〜〜 」
あはは えへへ うふふ ・・・ やっぱり < ウチ > は温かい。
「 ね。 ジョー。 お願いがあるの
」
「 ?? なに。 」
「 あの ね。 散歩につれていってほしいの
」
「 散歩??? いい けど・・・ 散歩??? 」
「 そうよ。 散歩。 ジョーしかできない散歩 ― 空中散歩! 」
「 えええ??? くうちゅう さんぽ 〜〜 ?? 」
「 うふふ いい? 」
「 い いい けど ・・・ どうやればいいわけ??? 」
「 うふん そうね、もうちょっと夜が更けて お月様が上ってからがいいな。
あ ジョー 防護服着てね〜〜 玄関前に集合。 マフラーも忘れちゃだめよ 」
「 う うん ・・・ マフラー ・・・ ああ ちゃんと洗ってある 」
「 お願いします〜〜 さ 食器洗っちゃうわね 」
「 あ ぼくがやるよ。 食器洗い機もあるし
」
「 三人分でしょ? 手で洗ってもすぐよ〜〜 じゃ ジョー 拭いてね 」
「 了解〜〜 」
二人は楽しく・食器洗いをすませ ― ゆう〜〜ったりと月が中天めざして昇てきた。
十数分後 ―
「 ・・・ これで いいかい? 」
玄関の前で ジョーはもじもじしつつ声をかけた。
いったい彼女はなにをしたいのか?? これから何が起きるのか??
いささかニブい彼には さっぱりわからない。
「 はい おっけ〜〜♪ それじゃ 行きましょ? 」
「 え ど どこへ?? 」
「 崖っぷち。 あそこが一番いいわね 」
「 ??? 」
「 さ 行きましょう ね? 」
しゅ。 白い手が彼の手を掴んだ。
う わ♪ 細くてすんなりしてて・・ しなやかで
ぼく 好きなんだ〜〜 フランの手♪
きゅ・・・ そっとそっと彼は彼女の手を握りかえした。
ひゅるるる 〜〜〜〜〜 ・・・・ 夜の海っぱたはやはり風が結構強い。
「 こ こ? 」
「 そ。 ね、わたしを抱いて ― ジャンプしてくれる? 」
「 え ええええええ?? 」
「 わたし を一緒に空中散歩につれてって? 」
「 ・・・ ! そっか〜〜〜 そういうコトか ! 」
「 そうで〜〜す♪ そういうことで〜〜す♪
009、ジャンプ力には自信、あるでしょう? 」
「 そりゃ〜ね オッケ〜〜〜 月夜の空中散歩 だなあ 」
「 ええ ・・・ ああ 大きくてキレイなお月さまねえ
」
「 うん そうだね。 それじゃ ・・・ 出発いたします〜〜 よ? 」
「 スタンバイ おっけ〜で〜す 」
「 では。 お手をどうぞ、マドモアゼル? 」
「 うふふ〜〜〜 なんだかグレートみたいね 」
クスクス笑いつつ 彼女は彼の首ったまにしっかりと腕を絡めた。
「 うっはは〜〜 いくよっ ! 」
バ ッ ・・・! 009のブーツが崖っ縁を蹴った。
ト −−−−−− ン ・・・・・・!
「 きゃ ・・・・ すご〜〜〜〜 」
ジョーの腕の中で 彼女は悲鳴にも似た感激の声をあげている。
「 ふふふ ・・・ どうだい? 空中散歩の感想は 」
「 す ご〜〜〜い〜〜〜 ジョー ホントに飛んでる〜〜〜 」
「 あはは ・・・ < 飛んで > ないよ < 跳んでる > だけさ。
ぼくはジェットみたくには飛べないからね 」
「 うわ〜〜〜 わたしには飛んでのと同じよ・・・ きゃ〜〜〜 すごい〜〜 」
「 そろそろ一回 地上に着くよ? 」
「 え もうお終いなのぉ〜〜〜 」
「 いえいえ。 またすぐに離陸いたします
」
「 わ〜〜 きゃ〜 タッチ & ゴー ね ! 」
「 へえ ・・・ そんな言葉 よく知ってるね 」
「 わたしの兄さんは フランス空軍の軍人で〜〜す♪
ひこ〜き の話はちっちゃい頃からもう〜〜〜 イヤってほど聞かされてきたの 」
「 あは そっか ・・・ では ・・・ 行きますっ! 」
ストン。 一瞬 軽いショックがあり 次の瞬間 −
シュッ ・・・・! 009は再び空中に跳びあがった。
「 きゃ〜〜〜 すっご〜〜い 〜〜〜〜 」
二人は 再び夜空に ― 昇ってきた大きな月の中にすっぽりとはまった。
「 ・・・ ご満足ですか マドモアゼル? 」
「 ・・・・ 」
ジョーの跳躍が頂点に達した時 ―
「 ・・・・・ 」
「 ? え な なんだ?? 」
フランソワーズは 軽く身をよじると ― ジョーの腕を外した。
そして ― 彼女は 落下していった。
「 !!!! フランッ !!! な なにやってんだ〜〜〜〜〜 !!! 」
「 ・・・・・・ 」
あえかな笑みを浮かべ ― 花のように白い顔をみせつつ 彼女は落ちてゆく。
「 じょ 冗談じゃないよっ!! 地上に激突したら・・・
くっそ〜〜〜 ( カチッ カチッ カチッ !!! ) 」
シュ − − − ・・・ ジョーの姿が一瞬 消えた。
「 〜〜〜〜 もう〜〜〜 なにやってんだっ! 」
ぽすん。 彼女をしっかりその腕に捕まえ ― 彼は慎重に着地した。
「 あ ・・・ は ・・・ ただいま♪ 」
「 !! フランっ!! 冗談じゃすまないよ???
いっくらサイボーグだってな、30メートル上空から落っこちら!
無傷じゃすまないぜ! なんだってこんな無茶 したんだ〜〜 」
「 ・・・怒らないで ジョー ・・・ 」
白い手が 彼の頬にそっと触れた。
「 怒らないでって・・・ きみな! 」
「 ごめんなさい。 わたし ― 知りたかったの。 」
「 しりたかった?? なに を??? 」
ジョーはまだ怒り、というか 驚愕と心配が一緒くたになった感情が収まらない。
「 知りたかったの ・・・ あなたの見た光景 ・・・ 」
「 光景?? な なんて無茶なっ !! 」
「 あなたが ― 落ちて行った時の 光景を。
あなたが 燃えていった時の気持ち、少しでも感じなくちゃ・・・って 」
「 な なぜ ・・・? 」
「 ずっとあなたのこと、見ていたって言ったでしょ?
ジョーの気持ち、 知りたかったの。 どんな気持ちも ! 」
「 ― フラン ・・・ 」
「 わたし。 嫉妬してる。 今でも。 わたし 醜いわ。 」
「 ! ・・・ 彼女の こと か ・・・ 」
「 わたし。 そんな自分を じっくり見つめ直そうと思って ― 独り暮らししたのよ 」
「 ごめん ・・・ ぼくのせい? 」
「 ・・・・・・ 」
青い瞳が彼を見つめる。
「 ごめん。 でも でも な。 ぼくは 忘れられないんだ・・・
忘れちゃいけないって思う ― 彼女の こと。 」
「 わかってる。 ちゃんとわかってるわ。 でも わたし ・・・嫉妬してるの。
そのこと、知ってほしいわ、ジョーに。
だって ・・・ 愛しているから! ジョーのこと、大好きなんだもの! 」
「 ・・・ ごめん。 」
「 謝ったりしないで ジョー ! 」
「 フラン ・・・ フラン! 愛してるよ ・・・! 」
「 ジョー ・・・ 」
夜の青黒い闇の中で 冷たい夜気に包まれ ― 二人は固く抱き合った。
サクサク サク ・・・ 海岸からの坂道を登る。
「 なあ フラン。 明日さ ・・・ 久々にドライブでも行かないかな 」
「 ・・・ 運転しても大丈夫? 」
「 もっちろん! あのさ 四方山の方まで行ってみようよ?
山の中にね、 湖があって神秘的なんだって 」
「 あら素敵! 行く行く! わたし、お弁当、作るわ〜〜〜 」
「 わお♪ あ ・・・ 今晩のさ、筑前煮、まだある? 」
「 ええ たくさん作ったから・・・ 」
「 あれ、オカズに入れてくれる? 煮物はね〜 翌日になるともっとウマイのさ 」
「 まあ そうなの? それじゃ お握り作るわ 」
「 大歓迎〜〜 あ〜した天気にな〜〜れ ! 」
「 うふふふ そうね 天気にな〜〜〜れ♪ 」
「 なあ ― いつ、帰ってくる? 」
「 う〜〜ん もうちょっと一人暮らし 楽しみたいわあ 」
「 ちぇ〜〜〜 まだしばらく < 弟 > かあ〜 」
「 うふふ・・・ あ。 加速装置のテスト、オッケーね〜 」
「 え ・・・ ふん まあナ 」
「 うふふふ ねえ 見て! キレイなお月さま〜〜 」
「 ウン ・・・ 月よりキレイさ 」
「 え なあに? 」
「 なんでもないよ〜〜う あ〜した天気になあ〜〜れ〜〜 」
二人は肩を並べ 建て直した邸へ戻っていった。
**************************** Fin.
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Last updated : 11,08,2016.
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**************** ひと言 ***************
そして 二人は < 長いいくさの日々へのプロローグ > に
突入するのであります〜〜 ・・・なんて 隙間話 でした☆
ホントは 三人暮らし じゃないでしたけどね (>_<)